2種類のGCカラムによるイソプロパノール中不純物の定性分析と比較分析
MSTips No. 513
はじめに
イソプロパノール(IPA)は、その優れた溶解性と揮発性から、半導体産業において洗浄剤や溶媒として不可欠な役割を担っている。高純度のIPAの品質管理は、製造プロセスの安定性やデバイスの性能に直結するため、含有される微量不純物の検出および同定が重要である。特に、製造方法や精製方法の異なるIPA製品に含まれる不純物の違いは、半導体プロセスの微細構造形成に影響を及ぼす可能性があるため、その比較分析が求められる。
本MSTipsは、ガスクロマトグラフ-高分解能質量分析計(GC-HRMS)であるJMS-T2000GCを用いて、市販される2つの異なるIPAに含有される不純物の包括的な定性分析を目的とした。さらに、化合物の極性や分子構造の多様性に対応するため、2種類のGCカラムを用いて不純物成分を明らかにした。
JMS-T2000GCと定性解析ソフトウエアであるmsFineAnalysis AIを組み合わせたシステムにより、異なるIPAサンプルに含まれる微量有機不純物の定性分析を通じて、半導体プロセスにおける溶媒品質管理の高度化に寄与することを目指す。
実験
市販のIPA(≥99.5%)未開封品2つをサンプルとした。サンプルAはモレキュラーシーブを含むガラス容器に保管されており、サンプルBはモレキュラーシーブを含まないガラス容器に保管されている。
IPAに類似した極性成分が不純物成分と予想されるため、GCカラムには極性カラムであるRtx-BAC PLUS1およびStabilwax-MSを用いた。イオン化法はEI法およびSIとしてFI(Field Ionization)法を用い、解析にはmsFineAnalysis AIを用いた。測定における測定条件の詳細をTable 1に示す。
結果と考察
GCカラム1およびGCカラム2を用いて得られたEIトータルイオンカレントクロマトグラム(TICCs)をFigure 1に示す。 サンプルAのTICCを青色で、サンプルBのTICCを赤色でFigure1中にそれぞれ示し、msFineAnalysis AI により推定された化合物構造を示す。赤枠で囲った推定化合物構造は、AIデータベースによって推定された化合物構造で、かつ分子イオンから推定された組成式と一致した化合物構造を示す。これら推定化合物は分子イオンから推定された組成式とNISTデータベース検索結果の推定化合物が一致しなかった。
GCカラム1を用いた結果では水および低級アルコールが多く検出され、GCカラム2の結果では二硫化炭素、n-ヘキサンなどの無極性化合物およびアセトン、アルデヒド、カルボン酸などの極性化合物が検出された。
Table 1. Measurement and analysis conditions


Figure 1 . EI TICCs of IPA using different GC columns.

Figure 2. Assignment results of the component at a retention time of 9.59 minutes.
Figure 1中に▼で示したリテンションタイム9.59分の成分に着目して、マススペクトルおよび化学構造の予測結果をFigure 2に示す。
Figure 2のEIマススペクトルでは主にフラグメントイオンが検出され、FIマススペクトルでは分子イオンがベースピークとして検出された。検出された分子イオンの精密質量から化学組成はC5H10Oと推定された。また、主要EIフラグメントイオンの推定化学組成は分子イオンの化学組成と矛盾しない結果を示した。NISTデータベース検索結果は、2-pentanoneが高い類似度で推定された。2-Pentanoneの化学組成は精密質量から計算された化学組成と一致するため、msFineAnalysis AIは2-pentanoneを化合物候補として示した。
各GCカラムの測定結果から得られたvolcano plotをFigure 3に示す。サンプルAからは2-propylheptanol、二硫化炭素、メタノール、1-プロパノール、ジメチルシクロシロキサンなど多くの不純物が確認された。サンプルBからはtert-butyl ether、エタノールやn-ヘキサンなどが特徴的に確認された。また未開封品であったため、水分量に大差はなかった。

Figure 3. Volcano plots using different GC column data.
まとめ
本MSTipsの測定結果は同等純度品であっても製造方法、精製方法もしくは保存方法の違いによって残留不純物が異なる可能性を示唆した。
msFineAnalysis AIは時間と労力を軽減できるだけでなく、化学組成の推定および化学構造を予測できる高度な定性分析ツールである。溶媒中不純物の推定結果は高純度化を進める過程で精製方法の選択に有用な情報であるため、JMS-T2000GCおよびmsFineAnlaysis AIを用いた本システムはIPAに限らない溶媒品質管理の高度化への貢献が期待される。
