におい嗅ぎGC-TOFMSによる白菜の漬物の香気成分分析
MSTips No. 516
はじめに
食品の香気成分、すなわち「におい」は、おいしさを左右する重要な要素である。香気成分には、テルペン類、エステル類、アルコール類など揮発性の高い化合物が含まれ、これらが複雑に組み合わさることで、私たちは「香り」として認識する。香りは単一成分ではなく、多数の化合物が相互作用する複合体であり、その組成や濃度比が食品の品質や個性を左右する。
香気成分の評価には、官能的手法と化学的手法の両面が必要である。一般的に、香気成分のにおいそのものを評価するには、におい嗅ぎガスクロマトグラフィー(GC-O)が有効である。一方、香気成分の定性分析にはガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)が広く用いられている。両者を組み合わせることで、においの官能評価と未知成分を含む詳細な化学的解析が可能となとなり、食品の香りを全体的に理解することができる。
ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)法は、食品の香気成分や異臭の定性分析に広く利用されている。GC-MSによる食品中香気成分の同定では、NISTなどの市販マススペクトルデータベース(DB)を用いるのが一般的である。しかし、DBに未登録の香気成分の同定をGC-MSデータだけで行うことは難しく課題であった。このような場合、高分解能質量分析計として飛行時間質量計 (TOFMS) を用い、電子イオン化法とソフトイオン化法を組み合わせた”統合解析”を行うことで、未知物質であってもその分子式を決定できる1)。さらに、深層学習によるマススペクトル予測を組み込んだ網羅的な構造解析手法2) (以後AI構造解析と称す)を搭載した”未知物質自動構造解析ソフトウェア msFineAnalysis AI”を用いることで、未知物質であっても迅速に構造式まで算出することが可能である。
そこで本MSTipsでは、白菜の漬物の香気成分を対象に、ヘッドスペース固相マイクロ抽出(HS-SPME)を用いたにおい嗅ぎガスクロマトグラフィー飛行時間質量分析(GC-O-TOFMS)による測定を行い、さらに msFineAnalysis AI による統合解析を実施した結果を報告する。
実験
試料には市販の白菜の漬物を使用した。白菜の漬物は細かく切り刻み、容量20 mLのヘッドスペースバイアルに5g封入した。試料の前処理装置としてオートサンプラーHT2850T (HTA社製) のSPMEモードを使用し、バイアル内のヘッドスペースに含まれる揮発性成分を測定対象とした。測定装置としては、におい嗅ぎシステムOP275 Pro (GLサイエンス社製) とGC-TOFMS JMS-T2000GC AccuTOF™ GC-Alpha (日本電子製, Figure 2) を用いた。におい嗅ぎ測定は、パネル2名で2回ずつ実施した。MSのイオン源にはEI/FI共用イオン源を使用し、イオン化法としてはEI法および、ソフトイオン化法としてFI法を用いた。GC-MSデータの解析ソフトウェアにはmsFineAnalysis AIを使用した。その他詳細な測定条件はTable1に示す。
Figure 1 JMS-T2000GC with HT2850T autosampler and schematic diagram of sniffing
Table 1 Measurement condition
結果と考察
主だった成分として25成分を検出した。Figure 2にEI/FI法で取得したトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC) と、TICC上で強く確認された4成分(a-d)について統合解析を実施した結果を示す。成分a, c, dは、NIST データベース(DB)検索の結果から、アブラナ科の野菜に含まれるイソチオシアネート化合物である3-Butenyl isothiocyanate (MF: 953), 2-Phenylethyl isothiocyanate (MF: 949) 及び5-Methylthiopentyl isothiocyanate (MF: 987) であると推定された。成分bについては精密質量解析の結果、C6H9NSの組成式が得られた。しかし、NIST DB検索で1位としてヒットしたCyclopentyl isothiocyanate [C6H9NS] は分子式はC6H9NSと一致していたが、類似度632と低いスコアとなった。一位の候補はM+・が確認されているのに対し、実測EIスペクトルでは[M-H]+が強く確認されており、マススペクトルからも候補の化合物ではないと推測され、NIST DBに登録されていない未知物質と考えられた (Figure 3)。

Figure 2 Measurement results of pickled Chinese cabbage: TIC chromatogram

Figure 3 Comparison of the mass spectrum of compound B with that of the NIST DB search results
成分a, c, dはイソチオシアネート基を官能基として有しており、成分bは類似度が低いながらも上述した候補1位の化合物は同官能基を有していたことから、その構造にはイソチオシアネートを有すると推察した。msFineAnalysis AIで機械学習を用いたAI構造解析により構造式を導出した。さらに、イソチオシアネート基[-N=C=S]を有する構造に絞り込みを行い、イソチオシアネート基を有していた構造式候補の中から、EIマススペクトルのフラグメントパターンの解釈に妥当性のあった4-Pentenyl isothiocyanateを成分bとして推定した。(Figure 4)

Figure 4 AI structural analysis results window for compound b
次に、GC-Oの結果を示す(Figure 5)。イソシアネート構造を持つ4つの成分a, b, c, d については、それぞれ土っぽい・ほのかな玉ねぎのにおい、甘めのハーブ様、ハーブ様、大根、と特徴的なにおいを検出した。

Figure 5 Integration of total ion current chromatogram (TICC) and odor information in GC-O analysis results
結論
本MSTipsでは、白菜の漬物の香気成分についてHS-SPMEを用いたGC-O-TOFMSとmsFineAnalysis AIを用いて分析した。その結果、アブラナ科の野菜に含まれるイソチオシアネート化合物が主要成分として確認された。また、AI構造解析によりイソシアネート構造を持つNIST DB未登録成分の4-Pentenyl isothiocyanateと推定される成分も確認できた。以上の結果より、GC-O-TOFMSとmsFineAnalysis AI を組み合わせることで、データベース未登録の香気成分の構造を推定できることが示された。この手法は、未知の香気成分を効率的に特定できるため、食品の香りに関する理解を深めるだけでなく、新しい成分を探す手助けとなる。
参考文献
1) M. Ubukata et al, Rapid Commun Mass Spectrom. 2020; 34:e8820.
2) A. kubo et al, Mass Spectrometry, 2023, 12, A0120.
