質量分析による屋内用ラインテープの斜光劣化評価アプリケーション②ーDEI-MS法によるオレンジ顔料成分の定性解析ー
MSTips No. 531
1. はじめに
屋内用ラインテープは、視認性や耐久性を確保するため、複数の材料からなる層構造を有しており、各層の材料組成を把握することは、品質評価や材料設計の観点から重要である。 前報では、図1に示す屋内用ラインテープの三層構造のうち、基材層および粘着層を対象として、ダイレクトEGA‑MS法による組成推定結果について報告した。 これに引き続き本報では、着色層に含まれる顔料の組成推定を試みた。 さらに、貼付後8か月を経過し、斜光下において着色面の白化が確認されたテープとの比較を行った。 顔料は、印刷時などに固体粒子の状態で分散して使用されるため、化学構造上、結晶構造や強固な分子間相互作用を有している。 このため、水や一般的な有機溶剤に対する溶解性が低く、かつ揮発性も低いという特性を示す。 その結果、クロマトグラフィーと連結した質量分析法による顔料自体の定性分析は、一般に困難であるとされている。 DEP(Direct Exposure Probe)は、プローブ先端の白金フィラメントに試料を直接塗布し、フィラメントに電流を印加することで試料を急速加熱する手法である。 本手法では、試料の熱分解を極力抑制しつつ、迅速なイオン化が可能であるため、煩雑なサンプル前処理をほとんど必要とせず、非揮発性あるいは熱分解を起こしやすい物質の分析に適している。 そこで本検討では、DEPによる直接導入法を適用し、屋内用ラインテープの着色層に含まれる有機顔料について、迅速な定性分析の結果を報告する。
2. 実験
測定には、GC‑QMS(JMS‑Q1600GC UltraQuad™ SQ‑Zeta,日本電子製)を用いた。試料の前処理は行わず、屋内用ラインテープの着色層をカッターにより削り取り、得られた粒子状試料をDEPプローブ先端のフィラメント上に直接塗布した後、イオン源へ挿入した。 イオン化法には電子イオン化(EI)法を用いた。 DEI‑MS測定における測定条件の詳細を表1に示す。

図1. 試料の断面画像

使用前の屋内用ラインテープの写真

8ヶ月経過後の屋内用ラインテープの写真
表1 測定条件


DEPの先端部

JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta
3. 結果と考察
3.1. DEPによる有機顔料の定性解析
貼付前試料についてDEI‑MS測定を行い、そのTICクロマトグラム(TICC)および m/z 656 の抽出イオンクロマトグラム(EIC)を図2に示した。 TICCより、保持時間(RT)1.27分および1.5分付近をピークトップとするブロードなピークが検出された。
さらに、RT1.27分におけるマススペクトル及びPigment用プライベートマススペクトルデータベースを用いたライブラリー検索結果を図3に示した。 これらの結果から、本屋内用ラインテープの着色層に含有される有機顔料は、ピグメントイエロー14であると推定された。
ピグメントイエロー14(Pigment Yellow 14)は、ジスアゾ系に分類される有機顔料であり、高い着色力と良好な耐光性を有することから、各種塗料、インキ、プラスチック製品などに広く使用されている代表的な黄色顔料である。
尚、ピグメントイエロー14のマススペクトルはNISTマススペクトルデータベースに未登録であるため、今回、標準試薬を別途購入し、同様のDEI‑MS測定を実施した。 得られたマススペクトルをプライベートライブラリーに登録し、同定に用いた。
また、TICC において RT1.5 分付近に検出されたピークは、ライブラリー検索の結果、シロキサン系化合物と同定された。 シロキサンは、屋内用ラインテープにおいて表面すべり性や耐汚染性向上を目的とした、表面改質用シリコーン系添加剤として使用される場合があり、本成分も同様の用途に由来する可能性が示唆された。

図2 TICCおよびEIC (m/z 656)

図3 保持時間1.27分におけるマススペクトルおよびライブラリ検索結果
3.2. 斜光による着色面の白化と顔料成分の比較
貼付前後の試料を対象としてDEI‑MS測定を実施し、ピグメントイエロー14の指標イオンである m/z 656 に着目した抽出イオンクロマトグラム(EIC)を取得した。 得られたEICの比較結果を図4に示す。 さらに、図5には、ピグメントイエロー14が溶出する保持時間(RT)1.27分におけるマススペクトルの比較結果を示す。
図4に示すように、ピグメントイエロー14の指標イオンである m/z 656 のピークは、貼付後試料において検出されなかった。 加えて、図5に示すマススペクトルにおいても、貼付後試料では貼付前試料とは異なるスペクトルパターンが観測された。

図4 使用前後のEIC (m/z 656)の比較

図5 使用前後の保持時間1.27分におけるマススペクトルの比較
以上の結果から、使用後試料においては、ピグメントイエロー14に由来する m/z 656 のシグナルが消失していることが明らかとなった。
これは、使用期間中に着色層中の有機顔料が 化学的あるいは物理的な変化を受けた可能性を示唆している。
一般に、ピグメントイエロー14は非揮発性かつ難溶性の有機顔料であるが、長期間の使用環境下においては、光、酸素、熱、あるいは摩耗などの影響により、分子構造の一部が変化、もしくは分解することが考えられる。 その結果、元来の分子量を保持した状態での検出が困難となり、m/z 656 に対応するイオンが観測されなかったものと推察される。
4. 結論
以上より、DEI‑MS法を用いた定性解析は、屋内用ラインテープ着色層に含まれる有機顔料の使用前後における状態変化を捉える有効な手法であることが示された。
