msFineAnalysis IQ Ver.3~AI構造解析例③~
HS-SPME-GC-QMSによる牡蠣の香気成分解析
MSTips No. 538
はじめに
牡蠣は濃厚な旨味と特有の香りを有する海産食品であり、その風味は品質評価において重要な要素である。牡蠣の香りにはさまざまな揮発性成分が関与しており、中でも (Z)-1,5-Octadien-3-ol(オイスターアルコール)は特徴的な香気を担う主要成分の一つとして知られている(図1)。本化合物はNISTのデータベース(DB)に登録されていない未知物質である。
弊社では2021年、ガスクロマトグラフ四重極質量計(GC-QMS)測定データに対応した自動統合解析ソフトウェア msFineAnalysis iQ をリリースした。本ソフトウェアは、電子イオン化(EI)法によるデータベース検索と、ソフトイオン化(SI)法による分子イオン情報を統合的に評価することで、従来より信頼性の高い定性解析を可能としてきた。
一方で、本解析はNIST DB検索に基づく手法であるため、NIST DB未登録成分については、構造の推定が困難であった。そこで今回、GC-QMS向け統合定性解析ソフトウェア「msFineAnalysis IQ Ver.3」を新たに開発した。本バージョンでは、従来のEI法とSI法を組み合わせた統合解析に加え、深層学習を用いたAI構造解析機能を搭載している。これにより、NIST DB未登録成分に対しても推定構造の提示が可能となり、未知物質解析をより効率的に支援する。(MSTips No. 535)
さらに、新開発のEI/CI(化学イオン化)共用イオン源を用いることで、従来必要であった真空解除を伴うイオン源交換が不要となり、EI法およびCI法の測定データを連続的に取得可能となった。本検討では、CI法により得られる分子質量関連イオンを基に、msFineAnalysis IQ Ver.3に搭載されたAI構造解析を用いて(Z)-1,5-Octadien-3-ol の存在を確認した結果を報告する。

図1 1,5-オクタジエン-3-オール
実験
試料には市販の生牡蠣を使用した。生牡蠣はフードチョッパーで細かく切り刻み、容量20 mLのヘッドスペースバイアルに5.0 g 封入した (図2)。試料の前処理装置としてオートサンプラーHT2850T (HTA社製) のSPMEモードを使用し、バイアルのヘッドスペース部分の揮発性成分を測定対象とした。測定にはGC-QMS (JMS-Q1600GC UltraQuad™ 2.0, 日本電子製, 図3) を用いた。MSのイオン源にはEI/CI共用イオン源を使用し、イオン化法はEI法およびソフトイオン化法としてCI法を用いた。その他詳細な測定条件はTable1に示す。得られたデータはmsFineAnalysis IQ Ver.3 (日本電子製) で解析した。
図2 バイアルに入れたカキ試料
図3 JMS-Q1600GC UltraQuad 2.0™(HT2850Tオートサンプラー搭載)
表1 測定条件
AI構造解析結果と参考文献の比較
図4にトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC)を示す(上段:EI法、下段:CI法)。観測された牡蠣香気成分のうち、NIST DBに未登録で、且つ参考文献[1]で構造が報告されているオイスターアルコール (1.5-Octadien-3-ol) に対してAI構造解析を実施し、その推定構造の妥当性を評価した。今回解析対象とした成分を図中に星印で示す。また、 図5にEI法およびCI法のマススペクトルを示す。EI法では分子イオンは観測されなかったのに対し、CI法では分子から水酸基が脱離したイオンが観測され、分子量に関する情報が得られた。msFineAnalysis IQでは、付加・脱離イオンをIM(分子イオンに関連するイオン)として設定することで、付加脱離を考慮した構造解析が可能となる。本解析では、m/z 109をIMとして設定し、AI構造解析を実施した。
図6に、AI構造解析の解析画面を示す。AI構造解析では、深層学習により予測したEIマススペクトルを収録したAIライブラリーを用い、実測EIマススペクトルとのコサイン類似度に基づくスコア(最大999)を算出している。候補構造は、実測データから得られた分子量情報を基に事前に絞り込まれている。図中の“AI Score”はコサイン類似度を、“Rank”はAIスコアに基づく構造式候補の順位を示す。正しい構造式はAI構造解析結果の3位であり、AIスコアに関しても925と高い値を示していた。オイスターアルコール(1.5-Octadien-3-ol)はNIST DBに未登録の成分だが、正しい構造式を上位候補として得られた。

図6 AI構造解析結果の表示画面
結論
本MSTipsでは、AI構造解析手法を搭載した新ソフトウェア msFineAnalysis IQ Ver.3 と、新たに開発したEI/CI共用イオン源を組み合わせた食品香気成分への適用例を紹介した。その結果、NIST DB未登録化合物に対しても、AI構造解析により妥当な推定構造式が得られることを示した。本手法は、食品香気成分の定性解析における構造推定の一手法として有用であることが示唆された。
参考文献
1) Kenji Ueda et al, J. Oleo Sci. 72, (7) 725-732 (2023).
