msFineAnalysis IQ Ver.3~AI構造解析例④~
加熱脱着-GC-QMS法によるほうじ茶葉の香気成分分析
MSTips No.539
1. はじめに
ほうじ茶は焙煎に由来する豊かな香りを特徴とし、多くの人々に親しまれる飲料である。近年ではその香気成分がもたらす健康への効果も期待されており、香気成分の評価に対する関心が高まっている。
香気成分の分析にはガスクロマトグラフィー質量分析 (GC-MS) が広く用いられる。本手法における成分の同定では、NISTなどの市販マススペクトルデータベース (DB) を用いるのが一般的であるが、DBに未登録の化合物が検出される場合もあり、それらは未知化合物として扱われる。
弊社では2021年、GC-QMS測定において、EI法で取得したマススペクトルのDB検索と、ソフトイオン化 (SI) 法で取得したマススペクトル中の分子イオンの解析を組み合わせ、より確度の高い定性結果を得ることができる“自動統合解析1)ソフトウェア” をリリースした。しかし、本解析手法はNIST DB検索を前提としており、未知化合物の解析には依然として高いハードルがあった。そこで我々は、深層学習によるマススペクトル予測を組み込んだ構造推定2)手法 (以後、AI構造解析) を搭載した (“msFineAnalysis IQ Ver.3”) を開発した。 (MSTips No.535)
今回は、 加熱脱着 (TD) -GC-MS法を用いてほうじ茶の香気成分を測定し、msFineAnalysis IQ Ver.3を用いて統合解析を実施した結果を報告する。

msFineAnalysis IQ Ver.3の解析ワークフロー
2. 実験
試料には、静岡県産 (やぶきた) のほうじ茶葉を約200 mg用い、サンプルチューブに投入した。測定には、前処理装置として加熱脱着装置 (TD100-Xr, MARKES社製) を装着したGC-QMS (JMS-Q1600GC, JEOL製)を使用した。イオン化法はEI法およびSI法として光イオン化 (PI) 法を用いた。得られたデータの解析は、統合解析ソフトウェア (msFineAnalysis IQ Ver. 3, JEOL製) を用いた。表1に測定条件を示す。

TD100-Xr-JMS-Q1600GC UltraQuad™ 2.0

サンプル
表1 測定条件

3. 結果
3.1 ノンターゲット分析
図1にEI法およびPI法で取得したトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC) を示す。主なピークとしては、メーラード反応 (焙煎) によって生成され香ばしさに寄与することが知られている2-FuranmethanolやDDMP、茶葉の青臭さに寄与する (E,E)-2,4-HeptadienalやNeophytadiene、カフェインなどが検出され、TD-GC-QMS法による、ほうじ茶葉の香気成分分析が可能であることが示された。表2に、強度比 (最も強度の高いピークを100%としたときの相対値) 10 %以上で検出された香気成分の統合解析結果を示す。

図1 ほうじ茶のEI/PI TICC
表2 ほうじ茶中の香気成分の統合解析結果(相対強度 10%以上)

3.2 未知化合物 (Unknown [a]) のAI構造解析
Unknown [a] の化合物については未知化合物であったため、AI構造解析を実施した。 図2にUnknown [a] のEI法およびPI法で取得したマススペクトルを示す。PI法のマススペクトルで分子イオンと推定されるm/z 180がベースピークとして検出された。これらのマススペクトルを用いた統合解析の結果、候補1位の化合物はライブラリ類似度 (マッチファクター:Max 999) が690と低く、NIST DB未登録の化合物と考えられた。そこで、AI構造解析を実施したところ、候補1位で3,4-dimethyl-5-pentylidenefuran-2-oneと推定された。本化合物はメーラード反応で生成するフラン類の一つである。本サンプル中では多くのフラン類の存在が確認されていることから、本推定結果も妥当であると考えられる。また、本化合物の炭素鎖が炭素2個分短い構造である3,4-dimethyl-5-propylidenefuran-2-oneは、昆布だしの香気成分としてコクのある甘い香りを有すると報告されており3)、本化合物も同様の香りを有すると考えられる。

図2 未知成分[a]のEI/PIマススペクトル

図3 未知成分[a]のAI構造解析結果
4. 結論
本MSTipsでは、ほうじ茶の香気成分について、加熱脱着 (TD) - GC-QMSで測定し、msFineAnalysis IQ Ver. 3で解析した。その結果、メーラード反応 (焙煎) によって生成され香ばしさに寄与するフラン類やピラジン類に加え、カフェインなどが確認された。また、NIST DBに未登録の化合物についても、AI構造解析により、構造を推定することが可能であった。以上の結果から、GC-QMSとmsFineAnalysis IQ Ver. 3を用いた解析が、食品の香りの網羅的な解析に有効であることが示された。
参考文献
1) M. Ubukata et al, Rapid Commun Mass Spectrom., 2020, 34, e8820.
2) A. Kubo et al, Mass Spectrom., 2023, 12, A0120.
3) Tomita, N. et al., “Key Aroma Compounds of Kombu Dashi,” Proceedings of the 61st Symposium on the Chemistry of Flavor, Terpenes and Essential Oils, Ishikawa, Japan, 2017.
