溶媒抽出-GC-MSおよび直接加熱抽出-GC-MSを用いた医薬品包装材の抽出物の分析
MSTips No.540
1. はじめに
医薬品の包装材は、医薬品と直接接触し、相互作用により医薬品の品質に影響を与える。浸出物 (Leachables) は、医薬品と直接接触する包装材から、実際の保存/使用条件下で、医薬品中へ移行する成分である。一方、抽出物 (Extractables) とは、医薬品と直接接触する包装材から、過酷条件下 (溶媒や高温など) により処理することで溶出される成分であり、潜在的な浸出物と位置付けられる。これらの成分には、包装材由来の添加剤や製造工程残留物、分解生成物などが含まれる。リスクマネジメントについては、ISO 10993-18、USP<1663>、USP<1664>、ICH Q3Eなどにより指針が示され、GC-MS法による、有機溶媒抽出物や揮発性有機化合物の同定法などが例示されているが分析条件については明確に規定されていない。
抽出物の網羅的かつ正確な把握は、医薬品の品質に影響を与える潜在的な化学成分を特定する上で重要である。GC-MS法における成分の同定では、NISTなどの市販マススペクトルデータベース (DB) を用いるのが一般的であるが、DBに未登録の化合物が検出される場合もあり、それらは未知化合物として扱われる。弊社では2021年、GC-QMS測定において、EI法で取得したマススペクトルのDB検索と、ソフトイオン化 (SI) 法で取得したマススペクトル中の分子イオンの解析を組み合わせ、より確度の高い定性結果を得ることができる“自動統合解析1)ソフトウェア” をリリースした。しかし、本解析手法はNIST DB検索を前提としており、未知化合物の解析には依然として高いハードルがあった。そこで我々は、深層学習によるマススペクトル予測を組み込んだ構造推定2)手法 (以後、AI構造解析) を搭載した(“msFineAnalysis IQ Ver.3” )を開発した。 (MSTips No.535)
今回は、溶媒抽出-GC-MSおよび直接加熱抽出-GC-MSを用いて医薬品包装材の抽出物を測定し、msFineAnalysis IQ Ver.3 を用いて統合解析を実施した結果を報告する。
2. 実験
試料には、約3 mm角にカットした市販のポリプロピレン (PP) 製点眼容器を用いた。溶媒抽出では、20 mLバイアル瓶を用い、約100 mgをヘキサン2 mLに入れ5時間超音波震盪後7日間静置した。高温抽出では、約50 mgをサンプルチューブに直接導入し、前処理には加熱脱着装置 (TD100-xr, Markes International Ltd.製) を使用した。測定には、GC-QMS (JMS-Q1600GC, JEOL製) を用い、イオン化法はEI法およびSI法として光イオン化 (PI) 法を用いた。得られたデータは、統合解析ソフトウェア (msFineAnalysis IQ, JEOL製) を用いて解析した。表1に測定条件を示す。

JMS-Q1600GC UltraQuad™ 2.0
TD100-Xr
表1-1 測定条件
溶媒抽出

表1-2 測定条件
直接熱抽出

3. 結果
3.1 ノンターゲット分析
図1に溶媒抽出-GC-MS測定、 図2に直接加熱抽出-GC-MS測定のEI/PI法で取得したトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC) を示す。抽出物として多くの成分が検出され、それらは樹脂添加剤成分や分解生成物、製造工程残留物であると推定された。溶媒抽出-GC-MS法では、酸化防止剤として使用されるPhenol, 2,4-bis(1,1-dimethylethyl)-, phosphite (3:1) や3,3’,5,5’-Tetra-tert-butylbiphenyl-2,2’-diol、Benzene propanoic acid, 3,5-bis(1,1-dimethylethyl)-4-hydroxy-, methyl esterなどが確認された。直接加熱抽出-GC-MSでは、上述の酸化防止剤成分に加え、滑剤として使用されるPalmitic acidやStearic acidなどが確認された。これにより、2種類の抽出法を用いて抽出物の情報を多角的に把握することが可能であることが示された。

図1 溶媒抽出-GC-MSのEI/PI TICC

図2 直接熱抽出-GC-MSのEI/PI TICC
3.2 統合解析結果
表2に溶媒抽出-GC-MS測定、表3に直接加熱抽出-GC-MS測定で検出された抽出物の統合解析結果を示す。同定されたこれらの抽出物は、GC-MS法におけるEI測定データの汎用データベースであるNIST DB検索結果に加え、EIおよびSI測定における分子イオンや同位体比やリテンションインデックス(RI)を総合的に評価することで提示された化合物であり、より確度の高い定性結果であると言える。例えば、溶媒抽出-GC-MS測定結果におけるID:[004] 3,3‘,5,5’-Tetra-tert-butylbiphenyl-2,2‘-diol (★)については、NIST DB検索の結果、類似度911 (MAX 999)であり、マススペクトルから分子イオンピーク (m/z 410) を検出し、その同位体比は理論値との一致度0.91 (MAX 1.00) で良好に一致した。さらにRI値についてもNIST DBに登録された値とのずれが1 [iu]と近い値であることが確認された。
表2 溶媒抽出-GC-MSにおける抽出物(Extractables)の統合解析結果

表3 直接熱抽出-GC-MSにおける抽出物(Extractables)の統合解析結果


図3 ID:[004]のマススペクトル

図4 ID:[004]の分子イオンに関する同位体パターンマッチング結果
3.2 未知化合物 [a] のAI構造解析
本測定結果からは、未知化合物が複数検出された。図1に示した、未知化合物 [a]についてAI構造解析を実施した。図5に未知化合物 [a] のEI法およびPI法で取得したマススペクトルを示す。PI法のマススペクトルで分子イオンと推定されるm/z 262がベースピークとして検出された。これらのマススペクトルを用いた統合解析の結果、候補1位の化合物はライブラリ類似度 (マッチファクター:Max 999) が728と低く、NIST DB未登録の化合物と考えられた。そこで、AI構造解析を実施したところ、3-(2,4-ditert-butyl-3-hydroxyphenyl)propanalが上位候補として推定された。本化合物は、TD-GCMS測定で本サンプル中に存在が確認されたIrganox 1076 (酸化防止剤) の部分構造をもつことから、本添加剤の分解物と推定される。
![図5 未知成分[a]のEI/PIマススペクトル](/solutions/applications/assets/images/mstips540_10.png)
図5 未知成分[a]のEI/PIマススペクトル

図6 未知成分[a]のAI構造解析結果
4. 結論
本MSTipsでは、溶媒抽出-GC-MSおよび直接加熱抽出-GC-MS測定に加え、msFineAnalysis IQ Ver.3を用いた解析により、医薬品包装材の抽出物を評価した。その結果、酸化防止剤やその分解生成物、滑剤などの樹脂添加剤が確認され、2種類の分析法を用いることで多角的に抽出物 (Extractables)を把握できることが示された。検出された化合物は統合解析により、確度の高い定性結果を得ることできた。また、NIST DBに未登録の化合物ついても、AI構造解析により、添加剤成分の分解物と推定された。以上より、本分析法および解析法が医薬品包装材の安全性評価に有用であることが示された。
参考文献
1) M. Ubukata et al, Rapid Commun Mass Spectrom., 2020, 34, e8820.
2) A. Kubo et al, Mass Spectrom., 2023, 12, A0120.
