統合定性解析ソフトウェアmsFineAnalysis iQを用いたアクリル樹脂熱分解生成物の定性解析
MSTips No. 420
はじめに
ガスクロマトグラフ四重極質量分析計 (GC-QMS) は、揮発性化合物の定性 / 定量分析装置として幅広く活用されている。GC-QMSによる定性分析は、電子イオン化 (Electron Ionization, EI) 法の測定データを用いたライブラリーデータベース (DB) 検索を行うことが一般的である。ただし、ライブラリースペクトルとの類似度のみを指標に定性解析を行うと、化合物によっては複数の有意な候補が得られる場合や、誤った候補が同定結果として選択される場合がある。このような場合、光イオン化 (Photoionization, PI) 法をはじめとするソフトイオン化 (SI) 法による分子イオンの確認が有効となる。
弊社では、GC-QMSで測定したEI法, SI法の解析結果を自動で組み合わせる統合定性解析ソフトウェアmsFineAnalysis iQを2021年にリリースした。msFineAnalysis iQは、EI法で取得したマススペクトルを用いたライブラリーDB検索と、SI法で取得したマススペクトル中の分子イオンの解析を組み合わせる"統合解析"により定性確度を向上することができるソフトウェアである。なお、本ソフトウェアの詳細は、MSTips No. 347, 348で紹介している。
本MSTipsでは、msFineAnalysis iQを用いたアクリル樹脂の熱分解 GC-MS測定結果の解析例について紹介する。
実験
試料は市販のアクリル樹脂 (メタクリル酸メチルとアクリル酸メチルの共重合体) を用い、試料量はEI法では0.2 mg、PI法では0.5 mgとした。測定にはGC-QMS (JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta, 日本電子製) を用いた。試料の前処理装置として熱分解装置 (EGA/PY-3030D, フロンティアラボ社製) を使用し、熱分解GC-MS法にて測定した。イオン源はEI/PI共用イオン源を使用し、イオン化法はEI法および、ソフトイオン化法としてPI法を用いた。測定で得られたデータはGC-QMS専用統合定性解析ソフトウェアmsFineAnalysis iQ (日本電子製) を用いて解析した。その他の詳細条件はTable 1に示す。

JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta
Table 1 Measurement condition
Py | |
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サンプル量 | EI: 0.2 mg, PI: 0.5 mg |
熱分解温度 | 600°C |
GC | |
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カラム | "ZB-5MSi (Phenomenex社製) 30 m×0.25 mm I.D., df=0.25 µm" |
注入口温度 | 300°C |
オーブン昇温条件 | 40°C(2 min) → 10°C/min → 320°C (5 min) |
注入モード | Split 100:1 |
キャリアガス | He, 1.0 ml/min (Constant Flow) |
MS | |
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イオン源温度 | 250°C |
インターフェース温度 | 250°C |
イオン源 | EI/PI共用イオン源 |
イオン化法 | EI法 (70 eV, 50 µA), PI法 (約8~10 eV) |
測定モード | Scan (m/z 35 - 600) |
結果と考察
Figure 1にトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC) を示す (上段:EI法、下段:PI法)。R.T. 1.5~2.5 min付近に、アクリル酸メチル (MA) とメタクリル酸メチル (MMA) 由来のピークが強く観測された。また、ダイマー、トライマー成分やその関連物質も検出された。次項に成分A, B, Cの詳細解析結果を示す。
Figure 1 Py-GC/EI and Py-GC/PI total ion current chromatograms for an acrylic resin polymer
Figure 2に成分A, B, C のマススペクトルを示す (EI法は、黒色:実測、赤色:ライブラリーDBのマススペクトル)。これらの成分では、 EI法・PI法どちらのマススペクトルにおいても分子イオンが検出されていた (Figure 2中のIM)。しかし、EI法では分子イオンの相対強度が極めて低く、PI法の方が相対強度が高く得られた。各成分の統合解析結果の上位3候補をTable 2に示す。成分A, Bについては、ライブラリーDB検索で類似度が700以上の結果が得られており、分子量と一致する分子イオンも検出できているため、Figure 2に示す化合物と近しい構造であると考えられる。また、成分Aは分子イオンm/z 186が検出できていることから、アクリル酸メチルとメタクリル酸メチルのダイマー成分 (MA+MMA) であり、成分Bは分子イオンm/z 200が検出できていることから、メタクリル酸メチルのダイマー成分 (MMA+MMA) と推定される。成分Cについては、ライブラリーDB検索で類似度が700以下の化合物しかヒットしなかったため、ライブラリーDB未登録の化合物であると考えられる。しかし、分子イオンm/z 300が検出できていることから、メタクリル酸メチルのトライマー成分 (MMA+MMA+MMA) と推定される。
Figure 2 Mass spectra of component A, B and C
Table 2 Integrated qualitative analysis result of component A, B and C
まとめ
本報告では、熱分解GC-QMSとmsFineAnalysis iQを用いたアクリル樹脂の解析例について紹介した。ポリマーの熱分解測定で観測されるダイマー・トライマー成分は、ライブラリーデータベースに未登録の場合が多い。しかし、今回の結果ではソフトイオン化法で分子イオンが明瞭に確認できたため、各成分を容易に帰属することができた。さらに、msFineAnalysis iQを用いることで、分子イオンの確認とライブラリー検索結果の確認を容易かつ迅速に行うことができた。本ソフトウェアを用いることで、GC-QMSを用いた定性解析の定性確度向上や効率的な解析作業が期待される。