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熱分解GC/EI法およびPI法を組み合わせた市販ポリプロピレン製品の解析② ~msFineAnalysis iQによる差異分析例の紹介~

MSTips No.348

はじめに

ガスクロマトグラフ四重極質量分析計 (GC-QMS) は、揮発性化合物の定性/定量分析装置として幅広く活用されている。GC-QMSによる定性分析は、電子イオン化 (Electron Ionization, EI) 法の測定データを用いたライブラリーデータベース (DB) 検索が一般的である。ただし、ライブラリースペクトルとの類似度のみを指標に定性解析を行うと、化合物によっては複数の有意な候補が得られる場合や、誤った候補が同定結果として選択される場合がある。このような場合、光イオン化 (Photoionization, PI) 法をはじめとするソフトイオン化 (SI) 法による分子イオンの確認が有効となる。
弊社では、ガスクロマトグラフ飛行時間質量分析計 (GC-TOFMS) で測定したEI法, SI法の解析結果を自動で組み合わせる統合定性解析ソフトウェア"msFineAnalysis"を2018年にリリースしている。msFineAnalysisは、EI法で取得したマススペクトルを用いたライブラリーDB検索と、SI法で取得したマススペクトル中の分子イオンの解析を組み合わせる"統合解析"により定性確度を向上することができるソフトウェアである。msFineAnalysisはGC-TOFMSの精密質量データを解析するソフトウェアであるが、統合解析の有用性は整数質量データに対しても期待できる。
今回、GC-QMSで得られる整数質量データに対応した統合定性解析ソフトウェア "msFineAnalysis iQ" を新規に開発した。既報 MSTips No. 347 では、msFineAnalysis iQを用いた市販ポリプロピレン製品の解析例、とくに統合解析の有用性について報告した。msFineAnalysis iQは、昨今材料分析分野で多用される2検体比較 (差異分析) 機能も搭載しているため、本報ではこの機能を用いた市販ポリプロピレン製品の差異分析例について報告する。

測定条件

試料には市販ポリプロピレン製品である、不織布マスクとお弁当用抗菌シートを用いた。測定にはGC-QMS (JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta, 日本電子製) を用いた。試料の前処理装置として熱分解装置 (PY-3030D, フロンティアラボ社製) を使用し、加熱炉の温度は400°Cに設定した。イオン化法はEI法および、ソフトイオン化法としてPI法を用い、それぞれの試料でEI法はn=5, PI法はn=1の測定を行った。熱分解GC/MS測定の詳細条件はTable 1に示す。測定で得られたデータはGC-QMS専用統合定性解析ソフトウェアmsFineAnalysis iQ (日本電子製) を用いて解析した。

JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta

JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta

Table 1 Measurement condition

Py
サンプル量 EI: 0.4 mg, PI: 0.5 mg
熱分解温度 400°C
GC
カラム ZB-5MSi (Phenomenex社製)
30 m × 0.25 mm I.D., df=0.25 µm
注入口温度 320°C
オーブン昇温条件 40°C (2 min) → 20°C / min → 320°C (20 min)
注入モード Split 100:1
キャリアガス He, 1.0 ml / min (Constant Flow)
MS
イオン源温度 250°C
インターフェース温度 280°C
イオン源 EI/PI共用イオン源
イオン化法 EI法 (70 eV, 50 µA), PI法 (約 8 ~ 10 eV)
測定モード Scan (m/z 35 - 700)

msFineAnalysis iQの差異分析機能の概要

msFineAnalysis iQにおける2検体比較 (差異分析) とは、各試料に特徴的な成分と共通成分を抽出することを示す。差異分析は、昨今の材料分析分野において、良品・不良品、産地別、製品別の分析等に多用されている手法である。
差異分析では、サンプル間で検出した化合物の再現性および検出ピークの面積値の差 (強度比) を確認する。再現性があり且つ面積値に差がある成分は各サンプルに特徴的な成分として、再現性はあるが面積値に差がない成分は、各サンプルに共通な成分として分類を行う。分類を行った後は、検出された全成分に対して統合定性解析を自動で実施する。
Figure 1にmsFineAnalysis iQにおける差異分析と統合解析のフローを示す。差異分析ではEI法測定データを用いたt検定により実施される。EI法の測定データ数は、n= 1, 3, 5から選択可能である。ただし、n=1のデータについては統計処理は行わず、データの単純比較となる。測定データの準備の後は、クロマトグラムの保持時間とEIマススペクトルの類似度に基づきアライメント (同一性判定) を実施し、差異分析が行われる。差異分析の後は前述したとおり統合解析を実施する。統合解析のフローは、既報 MSTips No. 347 のFigure 1と同様の流れとなる。

Figure 1 msFineAnalysis iQ workflow for the variance component analysis

Figure 1 msFineAnalysis iQ workflow for the variance component analysis

結果

Figure 2 に不織布マスクおよびお弁当抗菌シートの熱分解GC/MS測定結果のEI法のトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC) を示す。どちらのサンプルにおいてもポリプロピレン由来と推定される熱分解生成物のピークが多く検出された。Figure 3に差異分析の結果であるボルケーノプロットを示す。ボルケーノプロットは、サンプル間に特徴的な成分を可視化できる散布図で、横軸にサンプル間における強度比 (Log2(B/A)) を、縦軸に統計的再現性 (-Log10(p-value)) を示す。ボルケーノプロットの青枠で囲んだ領域が不織布マスクに特徴的で再現性の高い成分、赤枠で囲んだ領域がお弁当用抗菌シートに特徴的で再現性の高い成分である。ボルケーノプロットより、不織布マスクとお弁当用抗菌シートにおいて、それぞれに特徴的な成分と共通成分を可視化することができた。
次ページでは、ボルケーノプロットに示した不織布マスクに特徴的な成分である化合物①および、お弁当用抗菌シートに特徴的な成分である化合物②の統合解析結果について詳細を説明する。

Figure 2 Total ion current chromatograms

Figure 2 Total ion current chromatograms

Figure 3 Volcano plot of variance component analysis result

Figure 3 Volcano plot of variance component analysis result

化合物①のマススペクトルをFigure 4に示す。EI法、PI法のどちらのマススペクトル上においても分子イオンと推定されるm/z 206のイオンを検出することができ、PI法では分子イオンがベースピークとなるマススペクトルが得られた。また、msFineAnalysis iQによる統合解析結果リスト (上位5候補) をTable 2に示す。この結果より、化合物①はライブラリーDBとの類似度が933と算出された「2,4-Di-tert-butylphenol」であると推定された。2,4-Di-tert-butylphenolは、酸化防止剤の原料として知られる化合物で、不織布マスク中に酸化防止剤が添加されていることが示唆された。
化合物②のマススペクトルをFigure 5に示す。EI法、PI法のどちらのマススペクトル上においても分子イオンと推定されるm/z 174のイオンを検出することができ、PI法では分子イオンのみのよりシンプルなマススペクトルが得られた。また、msFineAnalysis iQによる統合解析結果リスト (上位5候補) をTable 3に示す。この結果より、化合物②はライブラリーDBとの類似度が906と算出された「Benzene, 1,3-diisocyanato-2-methyl- (2,6-TDI)」であると推定された。2,6-TDIは、ポリウレタンの原料として知られる化合物で、お弁当用抗菌シート中にポリウレタンが添加されていることが示唆された。
以上のように、TICC上では差が分かりづらいデータにおいても、msFineAnalysis iQの差異分析機能により容易に差異成分を見つけることが可能であった。また、それぞれのサンプルにおける差異成分についても、統合解析により一意の候補に決定することができた。

Figure 4 Mass spectra of compound ①

Figure 5 Mass spectra of compound ②

Table 2 Integrated qualitative analysis result of compound ①

Table 3 Integrated qualitative analysis result of compound ②

まとめ

本報告では、msFineAnalysis iQの差異分析例について紹介した。差異分析機能により、サンプル間の差異成分と共通成分を簡単に抽出することができ、各成分の定性も容易に行うことが可能であった。本ソフトウェアを用いることで、GC-QMSを用いた定性解析の定性確度向上や効率的な解析作業が期待される。

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