統合定性解析ソフトウェアmsFineAnalysis iQを用いた接着剤中添加剤成分の定性解析
MSTips No. 421
はじめに
ガスクロマトグラフ四重極質量分析計 (GC-QMS) は、揮発性化合物の定性 / 定量分析装置として幅広く活用されている。GC-QMSによる定性分析は、電子イオン化 (Electron Ionization, EI) 法の測定データを用いたライブラリーデータベース (DB) 検索を行うことが一般的である。ただし、ライブラリースペクトルとの類似度のみを指標に定性解析を行うと、化合物によっては複数の有意な候補が得られる場合や、誤った候補が同定結果として選択される場合がある。このような場合、光イオン化 (Photoionization, PI) 法をはじめとするソフトイオン化 (SI) 法による分子イオンの確認が有効となる。
弊社では、GC-QMSで測定したEI法, SI法の解析結果を自動で組み合わせる統合定性解析ソフトウェアmsFineAnalysis iQを2021年にリリースした。msFineAnalysis iQは、EI法で取得したマススペクトルを用いたライブラリーDB検索と、SI法で取得したマススペクトル中の分子イオンの解析を組み合わせる"統合解析"により定性確度を向上することができるソフトウェアである。なお、本ソフトウェアの詳細は、MSTips No. 347, 348で紹介している。
本MSTipsでは、msFineAnalysis iQを用いた接着剤中添加剤成分の熱分解 GC-MS測定結果の解析例について紹介する。
実験
試料には市販の酢酸ビニル系接着剤を用いた。試料量はEI法では0.4 mg、PI法では1.0 mgとし、乾燥させずにそのまま熱分解 GC-MS測定に供した。測定にはGC-QMS (JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta, 日本電子製) を用いた。試料の前処理装置として熱分解装置 (EGA/PY-3030D, フロンティアラボ社製) を使用し、熱分解GC-MS法にて測定した。イオン源はEI/PI共用イオン源を使用し、イオン化法はEI法および、ソフトイオン化法としてPI法を用いた。測定で得られたデータはGC-QMS専用統合定性解析ソフトウェアmsFineAnalysis iQ (日本電子製) を用いて解析した。その他の詳細条件はTable 1に示す。

JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta
Table 1 Measurement condition
Py | |
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サンプル量 | EI: 0.4 mg, PI: 1.0 mg |
熱分解温度 | 600°C |
GC | |
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カラム | "ZB-5MS (Phenomenex社製) 30 m×0.25 mm I.D., df=0.25 µm" |
注入口温度 | 300°C |
オーブン昇温条件 | 40°C(2 min) → 10°C/min → 320°C (5 min) |
注入モード | Split 100:1 |
キャリアガス | He, 1.0 mL/min (Constant Flow) |
MS | |
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イオン源温度 | 250°C |
インターフェース温度 | 250°C |
イオン源 | EI/PI共用イオン源 |
イオン化法 | EI法 (70 eV, 50 µA), PI法 (約8~10 eV) |
測定モード | Scan (m/z 35 - 600) |
結果と考察
Figure 1にトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC) を示す (上段:EI法、下段:PI法)。ベンゼン、酢酸、トルエン、インデン、ナフタレン等の酢酸ビニル樹脂の熱分解生成物由来のピークが強く観測された。また、添加剤成分と推定される成分も検出された (成分A, B, C)。次項に成分A, B, Cの詳細な解析結果を示す。
Figure 1 Py-GC/EI and Py-GC/PI total ion current chromatograms
Figure 2に成分A, B, C のマススペクトルを示す (EI法は、黒色:実測、赤色:ライブラリーDBのマススペクトル)。これらの成分では、EI法・PI法どちらのマススペクトルにおいても分子イオン (Figure 2中のIM) が検出されていた。どの成分のEI法マススペクトルにおいても分子イオンが検出されていたが、PI法の方がさらに相対強度が高く検出された。各成分の統合解析結果の上位5候補をTable 2に示す。成分AはライブラリーDBとの類似度が922と算出された「Ethanol, 2-phenoxy-」であると推定された。リテンションインデックスの値についても、ΔRI 2iuと良好な結果であった。本成分は、化粧品や医薬品の防腐剤として使用される代表的な成分で、樹脂においては造膜助剤や可塑剤としても使用される。以上の結果より、酢酸ビニル系接着剤中に添加剤が含まれていることがわかった。成分Bは、ライブラリーDBとの類似度が935と算出された「Ethanol, 2-(2-phenoxyethoxy)- 」と推定された。Figure 2をみると、成分Bは成分Aのエチレングリコール部分 (OCH2CH2OH) +エチレンオキシド (OCH2CH2) という構造をしていた。また、成分Cは類似度が917と算出された「Ethanol, 2-[2-(2-phenoxyethoxy)ethoxy]- 」と推定され、成分B+エチレンオキシド (OCH2CH2) という構造を示していた。以上の結果より、成分B, Cは添加剤である成分Aと類似した構造であることがわかった。構造が類似していることから化合物としての性質も似ている可能性がある。
Figure 2 Mass spectra of component A, B and C
Table 2 Integrated qualitative analysis result of component A, B and C
まとめ
本報告では、熱分解GC-QMSとmsFineAnalysis iQを用いた接着剤中添加剤成分の解析例について紹介した。msFineAnalysis iQは、GC/EIデータを用いたライブラリーDB検索結果とGC/SIデータを用いた分子イオンの確認を組み合わせた統合解析を自動で実施するため、高分子材料中の添加剤分析を容易に行うことが可能であった。 本ソフトウェアを用いることで、GC-QMSを用いた定性解析の定性確度向上や効率的な解析作業が期待される。