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SPME-GC-TOFMSとmsFineAnalysis AIによるレモン果汁中未知物質の構造解析

MSTips No. 453

はじめに

食品の香気成分は、おいしさに関わる重要な要素として知られており、腐敗臭などのオフフレーバー成分も食品の品質に関わる重要な要素の一つである。これら食品の香気成分の分析には、香気成分の揮発性の高さや多数の成分が複合していることから、ガスクロマトグラフ質量分析計 (GC-MS)が多用されている。
GC-MSによる定性分析では、電子イオン化 (Electron Ionization, EI) 法の測定データを用いたライブラリーデータベース (DB) 検索により化合物同定を行うことが一般的である。しかし、アメリカ国立衛生研究所が管理しているPubChem DB (EIマススペクトル情報なし) では、2023年現在1億以上の化合物が登録されているのに対し、アメリカ国立標準技術研究所 (NIST) が発表している最新DBには約35万化合物のEIマススペクトルしか登録されていない。つまり、これらマススペクトルライブラリーDB未登録化合物は未知物質として扱われる。
これらDB未登録化合物に対しては、EI法と分子イオンやプロトン付加分子を与えやすいソフトなイオン化法で得た2つのマススペクトルを用いた定性解析手法の“統合解析”が有用である。さらに、データ取得に精密質量測定ができる飛行時間質量分析計 (TOFMS) を用いることで、ソフトイオン化法で得られた分子イオンの組成推定が可能となり、最終的にDB未登録の未知化合物であってもその分子式を決定できる1)。TOFMSを用いた統合解析ではEI法で得られたフラグメントイオンやニュートラルロスの組成式も得られるため、部分構造情報を得ることができる。この部分構造情報と分子式情報を組み合わせることで化合物の構造解析が可能になる。しかしながら、最終的な構造推定については解析者自身による考察が必要であり、その作業には質量分析や化学に関する知見と多くの時間が求められた。
今回我々は、GC-MSデータを用いた手動構造解析の困難さの課題解決として、深層学習によるマススペクトル予測を組み込んだ網羅的な構造解析手法2) (以後AI構造解析と称す) を搭載した”未知物質自動構造解析ソフトウェア msFineAnalysis AI”を開発した。AI構造解析では上述したEI法及びソフトイオン化法データを解析する統合解析で得た分子式情報と、上記モデルにより得た予測マススペクトルを組み合わせて解析することで、未知物質においても自動かつ迅速に構造式を推定することが可能である。本MSTipsでは、msFineAnalysis AIを用いた構造解析をレモン果汁中の未知物質分析へ適用した事例について報告する。

実験

試料にはアメリカ産レモンを搾取して得たレモン果汁を用いた。レモン果汁は、容量20 mLのバイアルに10 mL封入した。試料の前処理装置としてオートサンプラーHT2850T (HTA社製) のSPMEモードを使用し、バイアルのヘッドスペース部分の揮発性成分を測定対象とした。GC-MS測定にはGC-TOFMS (JMS-T2000GC AccuTOF™ GC-Alpha, 日本電子製) を用いた。MSのイオン源にはEI/FI/FD共用イオン源を使用し、イオン化法はEI法およびソフトイオン化法としてFI法を用いた。得られたデータはmsFineAnalysis AI (日本電子製) にて解析した。その他詳細な測定条件はTable1に示す。

JMS-T2000GC AccuTOF™ GC-Alpha

HT2850T

Table 1 Measurement condition

結果と考察

TICCと未知物質の探索

Figure 1にレモン果汁測定結果のトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC) を示す。合計37成分をデコンボリューションにより検出した。検出された成分は、D-Limonene、β-Pineneなどのモノテルペン類 (C10H16) や、α-Terpineol、Nerolなどのモノテルペンアルコール類 (C10H18O) の香気成分が主であった。この37成分中、3成分についてはライブラリーDBとの類似度スコアが700以下でありDB未登録化合物 (未知物質) であると推測された。この中で、RT 13 min付近検出された化合物 (未知成分A, Figure 1) について詳細に解析し、最終的にAI構造解析を実施した。

Figure 1 TICC of volatile compounds of lemon juice

未知成分Aのマススペクトルと組成推定結果

Figure 2に、未知物質Aのマススペクトルを示す。本成分では、EI法、FI法どちらのマススペクトルにおいても分子イオンm/z 150が検出していた。 しかし、ソフトイオン化法であるFI法の方が分子イオンの相対強度が高く、ベースピークとして検出できていた。この分子イオンについて、組成推定を行った結果、本成分の分子式はC10H14Oと推定された。

Figure 2 Mass spectra of unknown compound A

AI構造解析結果

Figure 3に、未知物質AのAI構造解析結果 (上位18候補) を示す。多種多様な構造式が並ぶ中、AI構造解析結果1位 (最もAIライブラリーとの類似度が高い) である候補 は、単環性モノテルペンアルデヒド様であった (Figure 4)。文献3) によると、「テルペンとテルペン誘導体化に特徴的なフラグメントイオンとしてm/z 79, 93, 107, 121が生じる」との記載があり、本成分のEIマススペクトルからも確認された (Figure 5)。さらに未知成分Aは、単環性モノテルペンアルデヒドでありサフランの香りの主成分であるサフラナールに近しい構造であった (Figure 6)。サフラナールは、モノテルペン配糖体のピクロクロシンの加水分解によって生じることが知られており4) (Figure6)、未知物質Aもサフラナールと同様に香気成分である可能性が示唆された。
以上の結果のように、AI構造解析により未知成分Aの構造を推定することができた。

 

Figure 3 AI structure analysis result of  unknown compound A (top 18 candidate)

 

Figure 4 Structural formula of No. 1 candidate of AI structure analysis

Figure 5 EI mass spectrum of unknown compound A (The blue peak indicates the position of the molecular ion)

Figure 6 Structural formula of Safranal

まとめ

本MSTipsでは、msFineAnalysis AIによるレモン果汁中未知物質の構造解析例について紹介した。手動での構造解析には多くの知見や時間が必要であるが、 msFineAnalysis AIにより迅速に構造式を推定することができた。今後、本ソフトウェアがGC-MSによる香気成分中未知物質解析に活用されることが期待される。

参考文献

1) M. Ubukata et al, Rapid Commun Mass Spectrom. 2020; 34:e8820.
2) A. kubo et al, Mass Spectrometry, 2023, 12, A0120.
3) F.W. McLafferty 著, 上野 民夫 訳. マススペクトルの演習と解釈. 化学同人, 1978. p. 264.
4) 神戸薬科大学 薬用植物園 レター. 2022/11/22発行.

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